関空国際線30年史【第1回】1994年、関空開港。JAL「関西エクスプレス」はどこへ飛んだ?

関空国際線30年史 第1回 1994年の関空開港とJAL関西エクスプレスのアイキャッチ

1994年9月4日、関西国際空港が開港しました。

この開港に合わせ、JALはロンドン、ロサンゼルスへの新路線を開設。2日後にはパリ線も加わりました。

欧米の主要都市を関空と結ぶ3路線の名称は「関西エクスプレス」。

JALはファーストクラスとビジネスクラスの利用者に向けた独自サービスも用意しました。

そこには、関西からの国際ビジネス需要を取り込み、新しい空港を国際線の拠点として育てようとするJALの意欲がうかがえます。

同時に、伊丹からの既存国際線を引き継ぎ、国内各地との接続網も整備しました。

1994年、JALは関空からどのような路線網を築こうとしていたのでしょうか。

連載の全体像は、関空国際線30年史【第0回】で紹介しています。

伊丹から関空へ、1994年9月4日の転換

関空の開港まで、関西の国際線を担っていたのは大阪国際空港、通称「伊丹空港」でした。

現在は国内線専用ですが、当時はアジアや太平洋方面への国際線が発着していました。

一方、伊丹空港では周辺住宅地への騒音が長年の問題でした。増え続ける航空需要への対応も課題になっていました。

こうした問題を解決するため、大阪湾の泉州沖に建設されたのが関西国際空港です。

1994年9月4日、24時間運用が可能な海上空港が開港。伊丹の国際線は関空へ移管されました。

新しい空港の誕生は、航空会社にとって路線網を広げる機会でもありました。

なかでもJALは、開港に合わせて欧州と北米への新路線を開設します。

JALの期待を象徴した「関西エクスプレス」

JALが関空開港に合わせて新設したのは、ロンドン、パリ、ロサンゼルスへの3路線でした。

路線開設日
関西~ロンドン1994年9月4日
関西~ロサンゼルス1994年9月4日
関西~パリ1994年9月6日

ロンドンとロサンゼルスは開港当日、パリはその2日後に運航を開始しました。

JALはこの3路線を「関西エクスプレス」と名付けています。

注目したいのは、路線の行き先とサービスの組み合わせです。

ロンドン、パリ、ロサンゼルスは、いずれも国際的な経済活動の中心都市です。

JALはこれらの都市へ自社便を飛ばすだけでなく、主にファーストクラスとビジネスクラスの利用者を対象に、独自のサービスを展開しました。

この取り組みは、JALの公式75周年史にも記録されています。

欧米の主要都市への路線を開き、上級クラスのサービスにも力を入れる。

この組み合わせからは、観光需要だけでなく、関西の企業やビジネス客を強く意識していたことが読み取れます。

当時、日本の長距離国際線は成田を中心に展開されていました。

そこへ新たに誕生した関空から、JALの自社便でロンドンやパリ、ロサンゼルスへ向かえるようになったのです。

関西の旅行者にとっては、東京を経由せず欧米へ向かう選択肢が増えました。

JALにとっても、関空は関西発の需要を取り込む新たな国際線拠点になりました。

「関西エクスプレス」という独自の名称とサービスには、開港当時のJALが関空に寄せていた期待の大きさが表れています。

伊丹から引き継いだアジア・太平洋路線

関西エクスプレスの欧米3路線が注目されますが、関空には伊丹時代から引き継いだ国際線もありました。

JALの大阪発着の北京・上海線は、1974年9月29日に就航しています。関空開港より約20年前のことです。

香港にも伊丹時代からの運航実績があり、ホノルル線も関空へ移りました。

1992年には大阪~バンコク線、ケアンズ経由のシドニー線も開設されていました。

関空の開港は、こうした既存の国際線ネットワークに新しい欧米路線が加わる転換点でした。

アジアや太平洋方面に加え、ロンドン、パリ、ロサンゼルスへ。

JALが関西から飛ばしていた国際線は、現在の路線図とはかなり違う顔ぶれでした。

日本アジア航空も関空から路線を開設

当時のJALグループには、日本アジア航空(JAA)という航空会社もありました。

JAAは伊丹時代から台北や高雄への路線を運航していました。

関空開港日の1994年9月4日には、関西~デンパサール~ジャカルタ線を新たに開設。使用機材はDC-10-40型機でした。

JAL本体が欧米の主要都市へ路線を開く一方、JAAも関空からアジア方面へネットワークを広げていました。

関空開港は、JAL本体だけでなく、グループ各社にとっても路線展開の節目となったのです。

国内7路線で日本各地と世界をつなぐ

JALが開港に合わせて整備したのは、国際線だけではありません。

1994年9月4日には、関空を発着する国内線7路線も開設しました。

行き先は羽田、札幌、福岡、沖縄、長崎、熊本、松山です。

ここにも、JALが関空に寄せていた期待が見えてきます。

関空から欧米やアジアへ国際線を飛ばすだけでなく、国内各地からも旅客を集めることができるからです。

例えば、札幌や福岡から国内線で関空へ向かい、そこでロンドンやロサンゼルス行きの国際線へ乗り継ぐ旅程です。

関空発の国際線は、関西に住む人だけを対象にする必要がなくなります。

国内線を通じて各地から旅客を集め、国際線へつなぐ。これは国際線ネットワークを支える重要な仕組みです。

JALは欧米3路線の新設と同じタイミングで、国内7路線を開きました。

「関西エクスプレス」と国内線接続網を組み合わせた開港時の路線展開からは、関空を国際線の拠点として活用しようとする姿勢が伝わってきます。

1994年関空開港時のJAL路線網を示す模式図。関西エクスプレス3路線、伊丹継承の主な国際線、国内7路線、JAAを色分け

図:1994年の関空を中心としたJALの主な路線構成。新設の欧米3路線、伊丹から引き継いだ国際線、国内7路線とJAAの路線を色分けしています。位置と線は模式的な表現で、実際の飛行経路や直行・経由の別を示すものではありません。

関西から世界へ、JALの新たな拠点が生まれた

1994年の関空開港は、JALにとって新しい国際線展開の出発点でした。

伊丹から引き継いだアジア・太平洋方面の路線に、関西エクスプレスの欧米3路線が加わりました。

国内7路線も開設され、日本各地から関空を経由して海外へ向かうネットワークが整いました。

開港後も路線の拡大は続きます。

1994年11月16日には、関西~ホーチミンシティ線を開設。1996年にはフランクフルト、デリー、ミラノ経由ローマ線などが加わりました。

関西エクスプレスをはじめとする開港時の取り組みは、JALが関空に大きな期待を寄せていたことを物語っています。

そして、1990年代後半にはJALだけでなくANAも関空から国際線を拡大していきました。

次回以降は、両社が関空からどこまで路線網を広げたのか、当時の記録をもとに振り返ります。

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資料確認日:2026年10月18日

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